マット・モンロー ①

 その昔、ジャズ評論家、粟村政昭氏の「ジャズ・レコード・ブック」は私のレコード選びの貴重な情報源だった。どこかにあるはずだが、探すとなると大変なので記憶に頼って書くしかない。この本のフランク・シナトラかメル・トーメの項に、男性ジャズシンガーはなかなか難しい商売で数が少ないという記述があった。数が少ないとは粟村さんの好みに合った男性シンガーが少ないということか。取り上げられていた男性ボーカリストは、シナトラ、メル・トーメ、ジミー・ラッシング、ビリー・エクスタイン、ナット・コール、マット・デニス、それに、マーク・マーフィーくらいだったか(チェット・ベイカーはトランペット奏者として言及されていて、粟村氏は彼のボーカルを買っていなかった)くらいだった。トニー・ベネットはピアノトリオやカウント・ベイシーをバックに唄ったものもあるが、「サンフランシスコ」の印象が強すぎて、カテゴリーで言うとイージーリスニングに入るのだろうか。ボーカルでなにがジャズでなにがイージーリスニングなのか区別は難しいが(曲によると言ってもいいくらいだ)、インプロヴィゼーションするとか(ボーカルのインプロヴィゼーションには主に聴き手の立場から言うと限界がある。)、スキャットするとか、いろいろ言われているが、メロディーをストレートに歌って感動的な歌唱も数多いのだ。一つの基準が小さなクラブでじっくり聴かせることができるかできないかだと、常にビッグバンドを背負っていたシナトラはこの基準に当てはまらない。メル・トーメはまさにピッタリだが、トリオでピアノを弾きながら歌っていたナット・コールにはかなりポピュラーな歌唱が多い。

 ホイットニー・バリエットがイギリスの歌手クレオ・レーンを評し、結構褒めているが、一方で、世の中で彼女はジャズシンガーと言われているようだが、そうではないとして、「彼女はまずテクニックファーストで、コンテンツはその後だ。ジャズシンガーの場合は、その逆なのだ。」と言っている。つまりは、ジャズかどうかはその歌手の表現力の問題だと言っているわけだ。

Whitney Balliet American Singers

 バリエットはその著書American Singersでバーバラ・リー(Barbara Lea)に数人の歌手について語らせている。
 「ビリー・ホリディは装飾なしで歌うことができなかった人。特に初期の頃の彼女は恐ろしく素直でダイレクトだった。彼女はメロディーを半音下げて歌うの。信じられないほどスイングしていた。甘くて酸っぱい。ディルピクルスのよう。強くて鋭い。彼女は絶対よ。神様の頭からそのまま出てきたような人ね。メイベル・マーサーは歌唱に新たな時代をもたらした人。歌詞の一つ一つに気を配る時代を切り開いたわけ。それまでは、悲しいは悲しい、うれしいはうれしいで、みな同じような表現だった。メイベルはとても歌詞に気を配っていた。女優が歌っているようなもので、この点、エセル・ウォーターズも同じで、普通の歌手とは違う流れの人だわ。フランク・シナトラは、フレージングに特にこだわった最初の大物歌手で、意図を持って歌った人だ。サラ・ヴォーンはお決まりのフレーズ(shtick)が多く、歌をあまり大事にしていない。けれど、声は素晴らしく、耳もいいわ。メル・トーメがストレートに歌う時は素晴らしい。彼の声はオンリーワンよ。彼がこんなに有名にならなかったらと思うわ。無名の人で良かったのに。あんなに才能があるのだし。」
 バーバラ・リーは「自分をいったん横に置いて、作曲家と作詞家の意図を正確に表現することに徹した」歌手で、「耳が良く、好んで歌と歌手について語った。」とのこと。1950年代にデビューし(2012年に82歳で亡くなった)、キャリアは長く、いろいろな歌手を聴いてきたので、彼女の評価は一聴に値するし、サラ・ヴォーンへの評価などもうなずける。

 バリエットの本American Singersはなかなか面白い本なので、いずれあらためて紹介したい。手元にある本は1980年に銀座にあった丸善で手に入れたものだ。

 バリエットは米国が生み出した一連の歌手を「アメリカンシンガー」と呼び、ジャズとかポップと特に区別せず、クラシックのシンガーに対してノンクラシカル・シンガーと称している。彼が挙げるアメリカンシンガーは、20世紀前半から、
  ラス・コロンボ(バリトン・バイオリニスト)
  ウイスパリング・ジャック・スミス(バリトン)
  ジーン・オースティン(初期のクルーナーの一人)
  ジャネット・マクドナルド(女優・歌手)
  ネルソン・エディ(声楽家・俳優)
  ソフィー・タッカー(ボードビルエンタテナー)

きりがないので、私でも知っている人物に絞るが、それでも
  アル・ジョルソン
  ベシー・スミス
  フレッド・アステア
  ルイ・アームストロング
  アイビー・アンダーソン(デューク・エリントン楽団)
  エセル・ウォーターズ
  ルドレ ッド・ベイリー
  ビング・クロスビー
  エラ・フィッツジェラルド
  ビリー・ホリディ
  ジャック・ティーガーデン(トロンボーン)
  ジミー・ラッシング(カウント・ベイシー楽団)
  アンドリュー・シスターズ
  ミルズ・ブラザーズ
  リー・ワイリー
それに、
  ウディ―・ガスリー(「我が祖国」)
  ジーン・オートリー(歌うカウボーイ)
  ピート・シーガー(「花はどこに行った」)
  エディー・アーノルド(「知りたくないの」)のいわゆるフォーク・カントリー系
  ヘレン・フォレスト(ベニー・グッドマン楽団)
  フランク・シナトラ
  ナット・キング・コール
  ホーギー・カーマイケル
  アニタ・オディ
  ジューン・クリスティ―
  フランキー・レーン(「ハイ・ヌーン」)
  ジョニー・マティス(「ミスティ」)
  ローズマリー・クルーニー(「Come On-a My House(家へおいでよ)」)
  レッドベリー(ブルーズ)
  ジュディ・ガーランド
  ダイナ・ショア
  ビリー・エクスタイン(バップバンドリーダーでもあった)
  アーサー・キット(「証城寺の狸囃子」をカバー)
  バディ・グレコ
  ペギー・リー
  ハリー・ベラフォンテ
  エルビス・プレスリー(!)
  レナ・ホーン(美人でっせ)
  ドリス・ディ
  ペリー・コモ
  メル・トーメ
  ジョー・スタッフォード
  ブロッサム・デアリー
  パティ・ページ
  カーメン・マックレエ
  ジャッキー・ケイン
  ディーン・マーティン
  バーバラ・リー
  サラ・ヴォーン
  アニー・ロス(ランバート、ヘンドリックス&ロス)
  レイ・チャールズ
  マヘリア・ジャクソン
  ヘレン・メリル
  イーディ・ゴーメ
  ダイナ・ワシントン
  アンディ・ウイリアムズ
  クリス・コナー
  ディオンヌ・ワーウィック
  ジェームス・ブラウン
  B.B.キング
  アレサ・フランクリン
  ジョーン・バエズ
  バーブラ・ストレイザント
  ボブ・ディラン
  ジャニス・ジョプリン
  ニーナ・シモン
  グレン・キャンベル(ギターの名手でもある)
  ロバータ・フラック(「やさしく歌って(Killing Me Softly with His Song)」)

 本が書かれた1978年当時で主な歌手でもこのぐらいいて、しかも多種多様である。こうして眺めてみると、ジャズ、ポップだのジャンルをあてはめるのは不毛なことだ。このリストに追加するシンガーは、例えば、ジュディ・ガーランドの娘、ライザ・ミネリ、最近の人ではマイケル・ブーブレはどうかな。そして、もう一人追加したいのは、英国出身の歌手、マット・モンロー(Matt Monro)だ。

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