2023年 私の10冊 その3

③ Steve Kemme The Outsider  The Life and Work of Lafcadio Hearn

 ある日、横浜そごうにある紀伊國屋書店をブラブラしていたら、洋書のコーナーで目を惹く物があり、それはタトル(チャールズ・イー・タトル出版)の創業75周年記念の大きな布製のトートバッグで、なかなかカッコいい。タトルの本を購入するとこのバッグがもらえるとあるので、どれどれと並んでいる本を眺めたら、この本が目に入った。というより、バッグより先に目につくほど仰々しい表紙で、タトルの本はいつもながら表紙がもう一つだなと思いながら手に取ってパラパラとめくってみて、表紙はともかく、これは面白い本だとわかった。

Steve Kemme
The Outsider  The Life and Work of Lafcadio Hearn

 この本は、日本ではあまり知られていないハーンの米国における足跡を丹念に調べ上げて書かれた労作である。19歳のハーンは1869年にロンドンから米国に向けて旅立ち、ニューヨークを経てシンシナティにたどり着いたが、旅費も乏しく食うや食わずの状態だった。22歳の時、やっとのことで現地新聞社の寄稿者としての仕事を得て、ここからジャーナリストとしてのハーンの旅が始まった。ジャーナリスト(あるいは民俗学者)としてシンシナティからニューオーリンズに渡り、ジャーナリストまた文筆家としての地位を確立した。その間に、4つの新聞社で記者として働き、当時未評価だった非キリスト教的文化(ブードゥー教など)の探求に専心し、フランス文学の翻訳や世界の超自然的物語の再話、クレオール文化の探究(クレオール料理に関しては今も定番、またジャズについて初めて記録に残した)、ルイジアナや西インド諸島マルティニーク島での体験を題材とした紀行文や小説などを手掛けた。まさに筆一本の人生だ。この間ハーンが書いた殺人事件の記事などが収録されているが、内容のえぐさ(ハーンが自ら描いた半分焼け焦げた被害者の遺体のイラスト入り)にも関わらず、真実探求の姿勢が明確で嫌悪感なしにじっくり読ませるものだ。視力に大きな問題をかかえていたハーンはメガネ着用を勧められたが、メガネは目を傷めると信じていたので、虫眼鏡を覗き込みながら文字を書き、校正を行っていたと言うから驚きだ。

 ハーンは外貌にコンプレックスを持ち、人付き合いも得意でなかったので、度々人間関係がこじれ、それが理由で土地を離れることも多かった。その彼が安住の地としたのが日本である。この本はハーンの米国における足跡と事績を辿ることが目的なので、日本については軽くしか触れていないが、それでも日本に着いた初日からそれまでどこにいっても抱いた「アウトサイダー感」を感じなかったハーンの感動が伝わってくる。「日本人こそ私が日本で愛する存在だ。この国の貧しいがシンプルで人間らしい人々だ。」と日本人そのものに強く惹かれた。

 このころの日本人を丹念に描いてくれたハーンに感謝すべきと思う。なぜなら、ハーンが描いた、貧乏だが快活で愛すべき日本人の姿はもうどこにもなく、ハーンの文章の中にしか存在しないのだから。

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