2023年 私の10冊 その6

⑥ マイク・モラスキー ジャズピアノ その歴史から聴き方まで 上巻(岩波書店)

 ピアノと言う楽器は一聴して弾き手がわかるというものではない。わかる人もいるだろうが、私などこれだけ聴いていても、なかなか判別できない。
 ジャズは演奏者の個性が特に際立ち、例えばトランペット奏者であれば、ルイ・アームストロング、ビックス・バイダーベック、マイルズ・デイビス、クリフォード・ブラウンなどを聴き分けるのは大して難しくない。アルトサックスでも、チャーリー・パーカーはすぐわかる。これらを聴き分けることができるのはフレージングの他に音色に大きな違いがあるからだ。パーカーのアルトの音色はアート・ペッパーのそれとは明らかに違う。しかし、鍵盤楽器であるピアノの場合は別だ。この本は、ジャズピアノ演奏の「具体的な聴き処を指摘することで、読者の耳が肥えるように工夫された」もので、大いに参考になった。上下二巻だが、上巻はラグタイムからビバップまでの時代をカバーしている。

マイク・モラスキー
ジャズピアノ その歴史から聴き方まで 上

 最初に手に取った時は訳書かと思ったが、実は著者マイク・モラスキー氏が日本語で書き下ろしたものだ。氏はセントルイス生まれで、現在は早稲田大学国際教養学部の教授であり、さらにはピアニストでもある。この人は日本文化の研究者でもあるので、日本人の読者にアピールしやすい書き方を心得ている。また、それぞれの演奏者の特徴に丁寧に触れており、いたずらに可否を論じたりしないことに好感が持てる。

 取り上げているピアニストはこの時代を代表する人物ばかりだが、いわゆるブギウギ、ストライド、スイング、アーリーモダンなどスタイル別に詳述している。
 その中でも重要なのは、「巨人」アート・テータムだが、テディ・ウイルソン、それにナット・コールについてもしっかり触れている。ピアニスト、ナット・コールはビル・エヴァンスにも影響を与えたスタイリストなのに、日本では彼のピアノ演奏について述べたものは少ない。ライオネル・ハンプトンと共演したBlue Because of Youはピアニストとしてのコールの真骨頂を示した素晴らしい演奏だが、この本では触れていないのが少し残念だ。しかし、取り上げられることが少ないアル・ヘイグ、ドド・ママローサなどにもしっかりと目を配っており、この時代の主なピアニストはほぼ全てカバーしている。この本を読んでから、アート・テータムなどを聴き直したが、その良さがさらに実感できる。

Blue Because of You ナット・キング・コール(p)ライオネル・ハンプトン(vib)

 下巻はモダンジャズ以降が中心となり、その内容も魅力的だが、やや値段が高いのが玉に瑕だ。いずれ、手に入れてじっくり読もうと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です