ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル(5)

米国の陰謀論史 ④反左翼・反共産主義

 イルミナティ、フリーメーソン、カトリックと宗教色が強かった陰謀論は20世紀になって新たな展開を見せる。より広範囲により過激になっていくのだ。右翼という新たな存在が台頭してくるのである。いわゆる保守派と区別するために急進的右翼(the radical right)と称されることもある。これは様々な主張を持つグループの総称で、反共主義、反ユダヤ主義、反フェミニズム、反イスラム主義、保護主義、人種主義、白人至上主義などが含まれる。
 共通点は排外的ということで、必ず彼らを脅かす「敵」が存在していると言うことだ。 

「さて、ここで現代の右翼へと話題を大きく飛躍させるが、ここでは19世紀の運動との重要な違いを見ることになる。初期の右翼運動の代弁者たちは、この国でまだ支配的なものの考え方と人としての在り方のために公然と戦い、彼らが重要な役割を果たしているゆるぎない米国の生活スタイルを脅威から守っていると考えていた。一方で、ダニエル・ベルの言によれば、今日の右翼には強い喪失感がある。断固としてそれを取り戻し、破壊行為の最終的な活動を未然に防ぐ強い意志を持つものの、米国の多くは彼らとその仲間たちから奪われてしまったと感じている。古き良き米国の美点はコスモポリタンと知識人にすでに浸食され、競争力ある古き良き資本主義は社会主義そして共産主義の陰謀家によって徐々にその力を奪われ、かつての国家の安全と独立は反逆的な企てによって破壊されつつある。その行為者のうち最も力がある者の中には、はみ出し者や外国人のみならず、米国の権力の中枢を占める政治家もいるのだ。先人たちは外国の陰謀に気付いたのだが、現代の過激右翼は国内の裏切り説も取り入れたわけである。」

 社会学者、ダニエル・ベルは『イデオロギーの終焉』の著者として知られている。ホフスタッターと同じく一時は共産党員だったが、ソヴィエトの実体を知り失望して党を脱退したことも同様だ。両者は親交があった。

「これらの大きな変化をマスメディアの影響に帰すことが出来るかもしれない。現代右翼の相手である悪漢はパラノイドの先人たちの場合よりもさらに真に迫り、一般人にもよく知られ、パラノイド・スタイルの現在の文献はより豊富で、人物描写と個人攻撃でさらに富みかつ詳細なのだ。反フリーメーソンの悪者たちの輪郭は曖昧で、イエズス会のスパイは人目に付かず、しかも変装しており、反カトリックのローマ教皇の密使は誰だかよく分からず、金融陰謀の国際銀行家の姿もおぼろげなのに対し、現代では、ルーズベルト大統領、トルーマン、アイゼンハワー、それにマーシャル、アチソン、ダレスといった国務長官たち、フランクフルター、ウォーレンなどの最高裁判所の判事などの名高い要人たち、さらにはこれらの人物より小粒だが、同じくらい強く印象に残る陰謀家の筆頭としてアルジャー・ヒスが挙げられ、このような人々が前時代の陰謀家に取って代わるのである。」

 アルジャー・ヒスは、「赤狩り」が吹き荒れる1950年に偽証の有罪判決を下された。近年、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のエージェントとして、長年スパイ活動をしていたことが明らかになった人物である。

「1939年以来の様々な出来事は、現代の右翼パラノイドたちに想像力を発揮させる巨大な舞台を提供してきた。そこは、詳細な情報が豊富で、しかも情報は増殖し、真実味のある手がかりと己の意見の正しさの紛れもない証拠に満ち溢れているのだ。活動の場は今や全世界であり、第二次大戦の出来事ばかりでなく、朝鮮戦争そして冷戦下の出来事さえも利用することが可能なのである。戦史の研究家であれば誰でも、戦争は喜劇的とさえ言える過ちの連続であり、無能力の博物館のようなものだと知っているが、ひとつひとつの誤り、無能さを反逆行為に置き換えてしまえば、パラノイド的想像力にとって魅力的な解釈の可能性が開け、すべての転機において要職にある人物の反逆が明らかとなるわけだ。しかし、パラノイド的研究の主な仕事に目を通して、どのようにして米国が現在の危機に瀕するに至ったかではなく、それらの危機をどのように切り抜けてきたのだと不思議でならない。」

 戦史を見ると、勝った側も負けた方もしくじりの連続で、計画通りに事が運んだことはまずないくらいである。まさに「無能力の博物館」だ。数多くのしくじりの中で決定的なミスをした方あるいは物量で圧倒された方が敗者になるのだ。最近読んだアメリカ独立戦争の記録では、大陸軍(ジョージ・ワシントン率いる反乱軍)は、精強な英国軍にほぼ連戦連敗(これらの戦いはお互いに戦死傷者が少なく捕虜が多いことが特徴だが、ナポレオン登場以後動員力、戦死傷者数で戦争の内容は一変する)で、資金難でまともに給料が払えないため兵隊が大量に戦場を離脱したり、有能な指揮官が相手に寝返ったりしながらも、ただ大負けをせずに、広い土地を生かした持久戦に持ち込むことで、戦費捻出やロジスティクスに苦しんだ英国が根負けし独立を認めたというのが正直なところ。(とりあえず独立は勝ち取ったものの、200名以上の黒人奴隷を使役する大農場主でもあったワシントンは黒人問題がアメリカ国家の行方を左右する問題だと認識していた。)とにかく、歴史は飛躍なしに積み重ねられる地味なもの。そこに必然性やドラマを見ようとする気持ちが強いと陰謀論に引きずられやすくなる。気を付けなければならない。

「現代の右翼の思考は3つの基本要素に還元可能である。まずは、今日既にお馴染みの継続的陰謀の存在であり、一世代以上にわたって継続され、ルーズベルトのニューディールでクライマックスに達し、自由な資本主義経済を損ない、経済を連邦政府の管理下に置き、社会主義あるいは共産主義への道を開いたというものである。細かい点は右翼活動家によってさまざまに議論されているが、『所得税-すべての悪の源』の著者、フランク・チョードロフ(すべての税に反対を唱えるリバタリアン)の論にある、1913年に憲法における所得税改正案が通過した時点からこの陰謀のキャンぺーが開始されたという点で多くが意見の一致をみている。
 これに次ぐ論点は、共産主義者が政府の高官の間に浸透しており、少なくとも真珠湾に至る日々から米国の政策は抜かりなく着実に米国の国益を売り渡し続ける邪悪な者たちによって支配されているというものである。
 最後に、その昔イエズス会によってそうされたように、米国の国土には共産主義のスパイのネットワークが満ちており、教育、宗教、報道そしてマスメディアに関わるすべての組織が米国に忠誠を尽くす人々の抵抗を麻痺させるために協力し合っているというものである。

「現代右翼の例についての詳細は本稿のような短いもので論じ尽くせるものではない。マッカーシズムの時期にあってその最も典型的なドキュメントは、ジョージC.マーシャル国務長官の長文の告発状だろう。これは1951年の6月14日にマッカーシー上院議員によって読み上げられたもので、後にマッカーシーの名で出版された『米国の勝利からの後退、ジョージ・カトレット・マーシャルの物語』に収録されたものとはやや異なっている。」

 この本、America’s Retreat from Victory: The Story of George Catlett Marshallは、今でもAmazonで入手可能で、興味深いことに評価者は皆五つ星を点けている。米国には今でもマッカーシーの論に賛同する人がいるのだ。そのうちの一人の評を紹介しよう。「(この本は)考証が実に確かで、行き届いている。あの悲劇的な時に米国を裏切ったエリートたちがこそこそとしでかしたことを知って本当にがっかりだ。… 悪は当時も今でも我々の間に存在するのだ。」この本を評価している人々の意見はほぼ同じで、1950年代のマッカーシズム支持者の意見と変わらない。

「マッカーシーはマーシャルを米国の利益に対する背信行為の中心的人物として描き、その期間として第二次大戦の戦略策定からマーシャルプランの策定に至る時期をカバーしている。マーシャルはほぼすべての米国軍の失敗ないしは敗北に関わっており、それらは偶然の産物でもなくまた無能さに起因するものでもないとマッカーシーは主張した。マーシャルの戦争への干渉には「不可解なパターン」があり、「彼が下した判断は非常な頑固さでかつ巧妙に主張されるのだが、それは常に変わることなくクレムリンの世界戦略に資するものだった。」マーシャルの指導の下大戦の終盤にかけて「計画的に平和が失われたと思われることがあった。」中国に対するミッションに関するマーシャルの報告は無能の産物とは理解しがたく、「他の国、他の文明に資するためのプロパガンダ」であると読み解けば、非常に説得力がある見事なものである。マーシャルとアチソンは中国をロシアに渡す意図を持っていた。マーシャルプランは「米国国民の寛大さ、善意、軽率さを利用した欺きである。」さらに、1949年から1951年にかけての米国の国力の急激な落ち込みは「単に起こった」のでなく、「着実に意図的にもたらされたものであり」、それは過ちによるものではなく、反逆的陰謀の結果なのであり」、「その陰謀の規模はこれまで人類が企てたものをはるかに凌駕するほど大規模なものであった。」、この陰謀の究極の目的は、「米国を封じ込め、挫折させ、最終的に内側からそして外部からは力によってロシアの策謀に屈服させること」にあるのだ。

ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル(6)に続く