2021年 私の10冊 その6

 J.C.Sharman  Empires of The Weak

J.C.Sharman  Empires of The Weak

 歴史記述には二通りの方法があり、時間の流れに沿って歴史を描く順行的記述と,逆に現在から過去へ遡って描く遡及的記述があります。後者の方法で描かれたものとしては、15世紀から18世紀にかけて革命的な軍事技術によって欧州が世界各地を席巻し、欧州優位性の礎を築いたというものがあります。著者はこの記述に疑問を感じ、中南米、アジア、アフリカ各地で欧州にわたり丹念に資料を調べ、15世紀から18世紀に至るまで、欧州は何らの軍事的優位性を獲得していなかったことを証明しました。むしろ、アフリカを含む各地で手痛い敗北を喫することがしばしばで、その理由は少し考えれば分かることですが、世界各地に十分な軍隊を送る術も資金的余裕もなく、「征服」は一握りの「冒険者」の活動に委ねるしかない状況で、コルテスのように成功をおさめたとしても、それは彼らがもたらした疫病によるもので、軍事的なものではなかった。むしろ、欧米は世界各地において「弱者」の立場で現地有力者あるいは政権におもねるしかなかった。これは、日本におけるオランダの振る舞いを見ればわかります。では、なぜあれほどまでに世界に浸透したのか、これはこの本を読んでいただくしかないでしょう。『〈弱者〉の帝国』のタイトルで邦訳があります。19世紀以降の強者としての欧州の視点で過去の歴史を描いたからこうなったのです。

 しかし、さらに問題なのは、われわれ日本人までこの記述を「事実」として認識していたことです。日本の世界史教育においていかに西洋中心(ユーロセントリズム)の考えが浸透しているかを示す格好の例ではないでしょうか。一方、欧米では、新たな歴史資料の発掘などにより西洋中心主義で記述されてきた歴史は書き換えらえつつあります。今、読んでいるBefore European Hegemonyという本は、世界貿易の視点から欧州の商業活動に与えたイスラームおよび中国などアジアの影響を精査したものです。欧州が世界に与えた影響を云々することから世界が欧州に与えた影響の視点で書かれる歴史が今後多くなるでしょう。東西交流史、中央アジア史で実績を残している日本の歴史家が世界史の記述に力を発揮する時代が来ることを望みます。

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