2021年 私の10冊 その3
③ 芳賀徹 『外交官の文章』 (筑摩書房)
副題は、「もう一つの近代日本比較文化史」で、取り上げているのは幕末から先の大戦まで、海外との接点を持ち、日本の近代化に何らかの貢献をした人々、栗本鋤雲、福地源一郎、久米邦武、林董、陸奥宗光、小村寿太郎、幣原喜重郎、吉田茂、さらにはポール・クローデルまで登場します。
外交に携わる人間に必要な資質はいくつもあるでしょうが、この本を読むと、文章力が必須であることが分かる。戦前、戦後の外交官の質の低下は、国家が役人を大量生産する仕組によるところ大で、以前、ロンドンで話を聞いた経済学者森嶋通夫さんは、LSEに官費で留学してくる日本のエリートたちは数学でもなんでも欧米の学生より良くできるのだが、エッセーが書けない、構成力も文章力もない、これは日本の教育制度が悪いのだと嘆いていました。最近、GSさんの思い付きで、夏目金之助が学生の頃書いた方丈記の英訳の漱石流文語体翻訳を試みましたが、漢籍を基盤とする漱石の英文はかなり意訳であるものの、ドナルド・キーンの正確な逐語訳に比べ、イメージ喚起力が強いと感じました。久米邦武の『米欧回覧実記』の文章も漢字だらけでページが真っ黒ですが、一見読みにくくとも、漢字のおかげで言いたいことが的確に伝わってきます。
芳賀徹は昨年亡くなりましたが、文章がすばらしく、語彙も豊かで、さすが比較文学・文化学者だと思わせます。現在、彼の『文明の庫』という本を読んでいます。