ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル(1)

Richard Hofstadter
The Paranoid Style in American Politics

 米国の政治史家、リチャード・ホフスタッターは、トランプの登場で再注目された『米国の反知性主義』(ピュリッツアー賞受賞)の著者として有名で、ウィキペディアには、「ホフスタッターの最大の貢献は、米国史の複雑さを再発見したことである。彼は、古文書・古典ではなく、当時一般の読書界に流通した出版物を扱い、歴史上の行為者へ感情移入しようとする。その長所や魅力は伝記の分野で発揮された。現代米国に対する分析は、政治家のみならず知識人・右翼の心理にまでおよび、今でも重要性を失わない。」とある。彼の『米国政治におけるパラノイド・スタイル』The Paranoid Style in American Politics)という小論はホフスタッターの鋭い分析力と米国の歴史に関する広範な知識が生み出したものだ。ホフスタッターが『パラノイド・スタイル』を発表したのは1964年で、ケネディ大統領暗殺の翌年、国内での人種差別を禁じる公民権法が成立した年であり、日本では第一回東京オリンピックが開催された年だ。それこそ60年前に出版されたわけだが、その内容は今でも示唆に富む。いや、今だからこそ、読むべきだ。『米国政治におけるパラノイド・スタイル』は、陰謀論を作り出し、信じるメンタリティについて論じているのだ。トランプが扇動した米国議会襲撃事件、ロシアのウクライナ侵略、安倍元首相襲撃、統一教会など今の世の中では過激な陰謀論を生み出す事件が連続して起きている。陰謀論そのものの多くは仔細に検討する必要もないほど(根も葉もないとまでは言はなくとも)粗雑なもので、多くは陰謀を企てる悪い奴が異なるくらいで筋書きは大変に似ているものだ。ホフスタッターは陰謀論を生み出すメンタリティを論じており、それを良く知らねばならない。

 さて、そのメンタリティだが、ホフスタッターは「パラノイド・スタイル」と呼ぶ。パラノイド(Paranoid)とは、偏執症(患者)の、誇大妄想的な、病的なほど疑りぶかい、ことで、これが陰謀論を生み出すメンタリティであるとしている。論じている内容はほぼ米国に限定されているが、「パラノイド・スタイル」は米国ユニークなものではなく、インターナショナルな現象だ。ただし、米国の精神的(宗教的)、政治的(建国以来2つの党による対立構造がある)な事情ゆえに特に顕著な事例が多く、いわば典型例として取り上げやすいと言えるし、特に世界に与える影響力が大きい。                 

 さらに、「パラノイド・スタイル」は主に右翼的団体とそのメンバーに顕著なものだということだ。「右翼」うよく、英:right-wing, rightist, the Right)とは、左翼の対立概念であり、保守主義・反動主義・排外主義的な思想や運動、または革命・急進に対して反動・漸進を志向する政治勢力や人物を指す」のがその定義だが、国によってその現れ方は違い、米国の場合、これに顕著な人種差別主義傾向が加わる。また、コロナのマスク着用騒ぎで明らかになった病的なまでの「個人の自由」に対する拘りの強さも米国の右翼的傾向の特徴と言ってよいかもしれない。

 また、ホフスタッターは、「パラノイド・スタイル」は声が大きいが、限定された、マイノリティのものとしているが、これは当時のことで、メディア事情が大きく変化し、彼らの声はより大きく、より遠くに届くようになっている。つまり、より多くの人々を巻き込み、問題を深刻化させる可能性が高まったと言える。

 もうひとつの問題は、『パラノイド・スタイル』が収録された本の他の文で詳述されている、「利益政治」(Interest Politics)から「地位政治」(Status Politics)への変化がある。利益の分配、再分配を通じて社会の統合を図る利益政治から名誉価値 (社会的地位,生きがい,名誉,尊敬,教育など) の配分がより注目され、今や、先進工業諸国の政治の中心的関心は「利益政治」から「地位政治」に変化し、そこでは,社会的地位の維持または向上や生きがいの増大を望む個人や集団に共通にみられる欲求不満や自己正統化をめぐる問題が政治の中心課題になりつつある。これは極めて現代的なイシューである。
 ニューディール政策から第二次大戦にかけて、米国の経済は大きく変化し、また豊かになったため、利益の再配分の問題は以前より重要度を減じ、地位政治の重要度が増したというわけで、政治の課題が複雑化し、イシュー(最近ではLGBTなど)も数多く、対立を生む争点が増えたことも指摘されている。トランプ支持者の多くがロワーミドルクラスであり、金持ち優先のトランプの経済政策からはなんの恩恵も得られないのに、それでもトランプを支持するメンタリティは、「利益政治」から「地位政治」への変化を抜きには考えられない。

ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル(2)に続く