『人工知能と経済の未来』を読んで 2~  ~人工知能と人間の共生としてのThird Place

「AI(デジタル)と人間(アナログ)の併存」(濱口先生のお言葉を借りて)

 さらに、AI時代の仕事のやり方の変化については、3月11日付けの日経新聞「経済教室」に柳川東大教授が寄稿した内容にヒントがあると思うので、紹介させていただく。

「人工知能(AI)の発達などによって、人々の仕事が奪われるのではないかという議論がここのところ盛んに行われてきた。しかし、… 単に仕事がなくなるかどうかでなく、実は企業組織そのものが、技術革新によって大きく変容しつつある。」(柳川範之『企業組織の境界が消える日、個が台頭 柔軟な連携生む』「経済教室」日本経済新聞,2019年3月11日)

 柳川教授は、デジタル化を中心とした技術革新の影響として、
①個人のアイデア具体化のコスト低減
②変化のスピードが速く、柔軟性がより求められ、個人対個人、グループ同士の連携による新たな結びつきがイノベーションをもたらす
③技術革新(特にICT分野)によって複数地域、複数組織に帰属することが容易になり、自由度が増大、の3点を挙げている。
 つまり、長年一つの組織に帰属して、その中で分業しながら仕事を行う形態が変わり始めており、組織の境界が曖昧になり、個と個が結びつき、グループ同士で連携しながら共同作業を行うことが今後より多くなるだろうと見ている。一方で、今までの企業組織(働く場所、法人としての責任の所在、人的ネットワーク・コミュニティー)が従来の役割を果たすのは難しくなりつつあるとも述べている。

 柳川教授の更に重要な指摘は、「やや大胆に予測をすれば、比較的結びつきの強い少人数のグループが、帰属する多様な人的ネットワークの上で、目的に応じて柔軟に結びついて連携していく、そんな経済構造になっていのではないだろうか。」ということではないか。個と個の柔軟な結びつきと連携をAI(ICT)が促進する一方で、融通性に乏しい企業組織を解体していくのだ。

 これまでは企業と言う組織に帰属することが人のアイデンティテイーを構成する重要な要件だったが、今後はどの会社に属しているかということよりも「どのような仕事をしているか」がアイデンティテイーの重要な構成要件になるかもしれない。

 柳川教授はさらに重要な発言をしている。「強調したいのは、それは単純に個が独立した社会になっていくわけではないという点である。新しい結びつきを実現させていく際には、裏側に人的ネットワークあるいはコミュニティー(共同体)と呼べるような緩い人間関係のつながりが介在している。… 個々人がまったくのばらばらの存在で、市場を通じてのみ、それらがつながるという関係は現実にはなかなか成立しない。… ある程度の信頼関係のあるネットワークの上でしか、うまくマッチングが形成されない。」
 そのために、「会社だけではなく、地域のコミュニティーなど多様な人的ネットワークに従業員を帰属させる」ことで働き方のみならずイノベーションの促進にも大きく寄与すると、柳川教授は締めくくっている。「結びつきが強い少人数のグループが帰属する多様な人的ネットワーク」、つまり、個人が多様なグループに帰属し、そのグループ間であるいはグループ同士が結びついていく。企業自体が己の組織に拘らずそうしたグループに従業員を帰属させねばならない時代になりつつあるのだ。

 ここで思い浮かべるのは、先日研究会で取り上げられた「サードプレイス(Third Place)」のことだ。コミュニティーにおいて、自宅や職場とは隔離された、人々が集う第3 の居場所「サードプレイス」は人的ネットワーク形成にぴったりした場所ではないか。しかし、「サードプレイス」は基本的に自宅と職場の間にある固定された「一つの場所」であり、フレキシブルな点で限界がある。ICTでつながるネットコミュニティーはフレキシブルだが、互いの顔が見えない点で合目的的な仮想コミュニティーでしかない。

「地域などのコミュニティーが個人を支える」のはビジネスの世界に止まらないだろう。会社と言う組織にどっぷり浸かってきたきたサラリーマンたちがその居場所を失っていく。今までは会社が一日で最も多くの時間を費やす場所であり、人との交流の場所であり、成長(出世)の場所で、その他の場所は家庭(または会社帰りの酒場)しかなかった人々が重要な生活の精神的基盤であるものを失うことで、さらに、ICT化による在宅勤務形態がより一般化することで、居住地を核とした地域コミュニティーの存在がより重要性になるに違いない。コミュニティーの存在感が増すことで、地域に限定されない様々な活動を行うグループ(ビジネスに限定されない)への関心も高まるだろう。仕事のやり方がデジタル化することで、生活面では地域コミュニティー、グループへの帰属が必要になってくる。
 3月16日(2019年)に行われたシニア社会学会・第5回研究会合同イベントにおいて、国をあげてのICT推進のために民間レベルのグループの活動が必須であることと実際の活動例が紹介されたが、ICT推進(デジタル化)を人々のグループ活動(アナログ)が支えることの実例であると思う。

 ここで問題になるのは、誰がコミュニティーや様々なグループの活動を支えていくかということだ。地域コミュニティーおよび様々な人を繋ぐグループ活動の維持、運営などの重要な仕事に関わる人々がそこにいなければならないし、当然、今よりも多くの人々が必要となるはずだ。そこで、コミュニティー活動、グループ活動を支えるインフラ、主に人的インフラの確保が課題となる。

 コミュニティーやグループの活動を支える人々は基本的には無報酬(経費は別として)のボランティアである。今までは、「勤めを卒業した」あるいは時間的に余裕がある善意の人々の活動で賄ってきたが、さらに多くの人々を取り込んでいかねばならないはず。

 ここでネックになるのは「報酬の有無」ではなく、社会的に重要だと思われていても、「無報酬」の活動は「仕事ではない」と見做されていることではないだろうか。無報酬であろうがなかろうが仕事は仕事であるとのコンセンサスが形成されないと、善意の一点だけで現役世代を含む多くの人々の参加を促すのは難しいだろう。

 しかし、「労働を売る」そして「報酬があってはじめて仕事と言える」つまり、「金をもらわなければ仕事ではない」との従来からの仕事観は変化する可能性がある。ベーシックインカムの導入がその契機となるかもしれない

(3 ~ソリューションとしてのベーシックインカムの可能性 に続く)