オーディオセットを手に入れた
本格的な夏に入る前にターンテーブル、インテグレーテッドアンプ、フォノイコライザー、スピーカーと、まとめてオーディオ機器を手に入れた。これにオーディオラックを入れると結構な買い物だが、妻が旅に出て留守にしている隙を狙った犯行である。
大きく丈夫な段ボール三箱に入ってクローゼットの奥に鎮座している私のLPレコードが邪魔で荷物が入らないから、どうにかしてくれと妻が言ってきたのがきっかけだった。この段ボールにレコードを詰めたのは今のところに引っ越す前で、20年以上前だ。処分するか聴くかどちらかにせよと言うので、それなら聴いてやるぜと決めたわけだ。
以前持っていたオーディオはTechnicsのもので、ターンターブル、プリメインアンプ、チューナー、スピーカーのセットだった。このオーディオを手に入れたのは妙なきっかけからで、「ある女性にプロポーズするので指輪を買いたく、指輪を買うくらいの金は当然あるのだが、定期預金を崩したくないので、君なら貯金もしないようだし、現金を持っているだろう、用立ててくれないか」と会社の同僚に頼まれ、うまくいかないときはどうするのだと聞いたら、指輪を川に捨てると飛んでもないことを言う。川底を必死にすくって指輪を探している姿が目に浮かび、そういう無駄なことをする奴に金は貸せないと、指輪を捨てないことを条件に金を貸したのだ。その友人は、専攻は違うが同じ学部同期卒業生で、その女性(所謂ファム・ファタールだな)を私も見知っていたのである。結果的に言うと、指輪を買う前にその女性には「脈がない」ことが判明し、指輪は買わずに済み(その当時の落ち込みようだと本当に指輪を川に捨てていたかもしれない)、貸した金がそのまま戻ってくることになった。その額およそ30万円である。当時1970年代半ばの30万円を今の価値に換算すると三倍くらいになるらしいから、約90万である。よくそんな金を持っていたものだと思うが、仕事が結構忙しく、毎日飲んだくれる時間もなく、親と同居していたので金を遣うこともなかったのだろう。その友人は、女性はともかく、金を借りる相手の目の付け所は良かったわけだ。
その30万円を遣ってしまおうと考えたが、当時そんな大金を費やすものとしては(さすがに当時でも車は無理、おまけに免許がない)オーディオくらいしか思いつかなかったのである。それでまとめて同じブランドの製品を購入した。場所は横浜西口で、今は閉店したアリック日進だった。あの当時の呼び方でシステムコンポーネントを買った。当時私の部屋は二階にあったが、一つの壁が埋まるくらいは大げさだが、かなり存在感があり、スピーカーが大きかった。二階と言っても下は居間なので、大きな音を出すのは抵抗なかったが、窓(二面が窓だった)から音が漏れるので、母親が二階まで上がってきてご近所迷惑だから音を小さくしろと文句を言いに来た。
それまで実家にあったのは、いわゆるセパレート型ステレオセットで、レコードプレイヤー、アンプとチューナーが一体化したユニットを中心に、その左右にスピーカーがあり、すべてが一つのキャビネットの中に納まっているものだった。それ以上前は蓄音機で、これは時代が違う。これで中学高校時代はビートルズなどを聴いていたわけである。ビートルズはほぼ同時代と言ってよく、武道館の日本公演にも行った(PAがもう一つだったなあ)。当時は昼飯代を貯めて、高校を抜け出しレコード屋に行き、LPを買ったりしていた。その当時モノラル盤1500円くらいで、50年以上経つのにそれほど価格は変わらないのは驚きだ。むしろ、当時が高かったのだろうな。Meet the Beatles、 The Second Album、A Hard Day’s Nightなどはそのころ買った。セパレート型ステレオでもそここそ満足していたが、さすがコンポは音が違う。
これでレコード蒐集が始まった。段ボール箱の始まりである。集めたのは基本ジャズだが、ブルーズ、ロック、カントリーなども聴いた。例外は所謂邦楽で、全く手を出さなかった。限られた予算でできるだけいいレコードを聴きたく、参考となるものはなんでも読んだ。もちろん、油井正一さんの深夜のジャズ番組も熱心に耳を傾けた。しかし、最も参考になったのは粟村政昭氏の『ジャズ・レコード・ブック』である。本の手頃な価格と携帯しやすいサイズに惹かれて手に入れたが、その内容は素晴らしかった。いいものはいい、悪いと思えば悪いと歯に衣着せず、文章も小気味よい。この本では取り上げたプレイヤーごとに粟村氏の推薦盤が記してあり、聴けばわかるが、セレクションの趣味が実にいい。村上春樹氏もこの本を褒めている。これらを参考に銀座の山野楽器、ヤマハ、コリドー街のレコード屋を見て回ったものだ。給料日には常に10枚以上のLPを抱えて帰宅した。LPは10枚だとかなり重く、時に金曜日だと帰りの横須賀線はほぼ満員で、電車の中で吊革につかまりつつLPを抱えるのは結構大変だった。網棚などに置いたら盗られてしまう危険もある。実際盗まれたことが一回あった。また運よく座れたとしても網棚に置いたら最後、寝ぼけ眼で駅に降りて、「おやないぞ」ということが何度もあった。
ジェリー・ロール・モートン、ルイ・アームストロング、ビックス・バイダーベック、ファッツ・ウオーラー、アール・ハインズなど初期のジャズメンたちからベニー・グッドマン、アート・テイタム、テディ・ウイルソン、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤング、そして、チャーリー・パーカー、マイルズ・ディヴィス、クリフォード・ブラウン、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、エリック・ドルフィーまでほぼ何でも聴いた。段ボールの中には所謂フリージャズのプレイヤー、アルバート・アイラー、オーネット・コールマン、セシル・テイラーなども何枚もあるが、繰り返して聴くことはなかった。
まあ、とにかく、そのころに購入したLPを数えるとジャズだけで400枚以上はあったろう。しかし、残っているのは300枚強。結構気に入っていたレコードが無くなっている。ビル・エバンスのEverybody Digs、ジム・ホールとのデュオなどがない。コルトレーンは2枚を残して、My Favorite Things、それにBallads、ジョニー・ハートマンとの共演などもない。比較的揃っているのはマイルズ、チャーリー・パーカーあたりだろうか。どうやら、もうレコードを聴くことはないと、人に進呈してしまったらしい。まあ、それもしょうがない。必要だと思えば、また手に入れればいいのだ。
まあ、とにかく、新しくオーディオ機器を揃えることから始めよう。実は、きっかけがもう一つあるのだ。買う意図もなくなんとなく時間つぶしにヨドバシカメラの横浜店のオーディオコーナーをぶらぶらしていたら、全体がアクリル製で透明なターンテーブルが目に留まった。回転台もボディもすべてアクリル製で光を反射して輝いていた。電源も電波が音に影響しないよう別ユニットになっている。深く理由を考えたことはないが、私はアクリル製の透明な物体に魅力を感じ、例えば筆記具だが、透明軸のものを見ると手に入れたくなるのだ。必要がないのに買ってしまう。とにかく、これを店頭で見たときから、オーディオを揃え、またレコードを聴くのもいいと思い始めた。
妻が旅から帰って、オーディオが一式揃って部屋の様子が様変わりはインパクトが大きすぎる。それで、一つずつ手に入れて「慣らす」ようにした。最初は、小さいものから始めて、ターンテーブルと相性が良い同じブランド(Audio-Technica)のフォノイコライザーをヨドバシカメラで購入し、テレビの横になんとなく置いておいた。しかし、そこにフォノエコライザーがあっても格段の興味を示さないのが不思議で、その無関心たるや猫のようなものだ。ではと、英国のブランド、Quadのプリメインアンプを注文し、同じくヨドバシカメラで受け取って家まで運んできた。大して大きいものではないのだが、さすがにずっしりと重い。そして、アンプを下にフォノイコライザーを上に置き重ねて陳列したが、「これ何か」とも言わない。横目で見ているだけである。あら、こんなものがうちにあったのかしらくらいは感じているようだ。こうなったら、本格的に揃えるだけだ。

残るはターンテーブルとスピーカーである。ターンテーブルは決まっているから、スピーカーを決めれば良い。高層マンションで重低音を響かせるわけにもいかないので、大きさは手頃なものがいい。テレビの横に収まるくらい、つまり、ブックシェルフ型である。私はある程度決めたら悩まないタイプで(失敗したと思ったことはあまりない)、これも早々と決めた。私の聴く音楽はジャズが主で、それもスモールコンボが主だ。どっちみち重低音は必要なく、ピアノのタッチが明瞭で、ブラッシュワークが心地よく、ハイハットの打音がクリーンに響き、ウオーキングベースの指使いをダイレクトに感じることができればいい。それで、アンプと同じ英国のKEFに決めた。これはヨドバシで音も聴いた。なにより、さりげない外観で自己主張しすぎないのがいい(透明ならもっと良かったかも)。
決めた後は、売り場に行って目移りするのも嫌だったので、Amazonで注文した。アンプもスピーカーもほぼ同じ日に届いたが、これだけではバラバラで形にならない。TVにも繋ぐので専用のケーブル(光)が必要、大体、電源がお粗末ではどうしようもないので、電源タップも必要。アンプとスピーカーを繋ぐケーブルも必要、そして、何より、オーディオ機器を乗せるラックが必要と、全て揃えるのに一週間ほど要した。
ラックが届くまでは、アンプもターンテーブルもスピーカーもばらばらに床に直置き状態。電源とケーブルを繋いでも聴ける状態ではない。やっとラックが届いたが、この梱包がすごい。半分壊れたような箱がガムテープでぐるぐる巻きになっていて、開けるまでが大変。開けたら梱包材の発泡スチロールがバラバラ状態で部屋中に飛び散った。掃除をして、組み立てようと思ったら、説明書が見当たらない。Amazonに問い合わせたら、AI君が「もともと説明書はありません」と答えた。梱包の酷さと説明書の不備は香港を含む中国製品の特長らしい。まあ、ラックの組み立ては説明書が必要なほどのものではなく(あればよいが)、30分くらいかけて何とか組み立てた。脚の先の部分が針のようにとがっており、そこだけ少し大変だった。針のような脚先を受ける金具があるのだが(こればなければ床に突き刺さってしまう)、その上にきちんと脚をおかねばならないのだ。

さて、ラックのトップにターンテーブルを据え、その下の棚にフォノイコライザーとアンプを並行に置き、下段に前から持っていたCDプレイヤーを置いて、セットは完了。もちろん、アンプとスピーカーも無事繋がった。RCA端子ではなく、所謂バナナプラグで繋がなければならなかったが。TVもアンプに繋げたので、TVの音もスピーカーと通して聴けるはず。後は聴くだけだ。
まず、レコードを聴く。あれ!音が鳴らない。コネクトが悪いのかなと、いろいろ見たが、フォノイコのケーブルはアンプのPHONO端子に繋がっている。つなぎ方に問題があるのか、ターンテーブルの電源ユニットにも問題はなさそうだ。TV音源は何の問題もない。You Tubeの音がこんなにいい音だったのかと驚く。結局、オーディオの大家であるGSさんに聞いてみたら、PHONOではなく、AUXの端子に繋げるとアドバイスをもらった。つまり、ターンテーブルから直接であれば、PHONOでいいが、フォノイコを介しているために(MCカートリッジなので増幅しなければならない)、AUXに繋げる必要があるのだ。変えてみたら、きちんと音が出た。問題解決だ。さっそく、レコードを聴いてみた。アナログにはアナログの音をで、ルディ・ヴァン・ゲルダーの録音、プレスティージのマイルズがいい。選ぶなら。Relaxin’かCookin’で、レッド・ガーランドのイントロがベルのように響く、If I Were A Bellをかけてみた。やはり、ある程度のボリュームで聴かないとだめだ。あの息遣いまで聞こえるようなプレスティージの音が蘇ってくる。ルディ・ヴァン・ゲルダーと言えば、やはりロリンズのSaxophone Colossusは外せない。驚くべき録音だと思う。Blue 7、Moritatなど最初は唐突感のある音が面白いほど繋がっていく。まさにこれがアドリブだと言う演奏である。前に訳したホイットニー・バリエットの言葉を引用するなら、「初めは、彼のプレイに何か不快感に近いものを感じる。その暗く荒れたトーンは時にビギナーがサクソフォーンから無理やり絞り出す情けない音を思わせ、それはビブラートの優雅さやダイナミクス(曲の変化に合わせた音量や音圧の調整)を用いることによっても容易に和らげられることがない。実際、彼は音符を悪口のようにまき散らしているように見え、彼のソロはしばしば終わりのない長広舌に聴こえることもある。しかし、しばらくすると、あのスタッカートの驢馬の鳴き声のようなもののほとんどがおそらくチャーリー・パーカーに匹敵する激しくすばらしい音楽的想像力を秘めたものだと分かってくるのだ。」まさにそうです。

早速、無くなっていたビル・エバンスのLP、Waltz for Debby、Everybody Digs、Explorations、Undercurrent, New Jazz Conceptionsを注文した。スペインのプレスで重量180gと重い。これで当分はじっくり音楽が楽しめそうだ。My Favorite Thingsも手に入れ、アート・ペッパーのMeets the Rhythm Section、ソニー・クラークのCool Struttin’も揃えた。
肝心の妻の反応だが、「やったわね」くらいで反応は薄い。自分の金なのだからどう遣ったっていいわということだが、当然のことである。妻も自分のレコードを結構持っていて、カーペンターズなどのポピュラーが主だったが、アシュケナージ、ルービンシュタインなどのショパンを中心にした演奏も結構あったはずだが、一枚も残っていない。これは私が処分したのではなく、妻が自分でどこかに売り飛ばしたのである。

