The Cabinet(ジョージ・ワシントンの内閣) 1
はじめに
2021年のバイデン政権発足当時はあり得ないと思ったトランプ再選が2024年に現実のものとなった。第一期のトランプ政権では、トランプの予測不能な発言と動きにより国際政治が不安定となり、さらにはコロナ蔓延で陰謀論が盛んに行われ、加えて、トランプ自身が扇動した米国議会襲撃事件、ロシアのウクライナ侵略、国内では、安倍元首相襲撃、それによって統一教会の闇がクローズアップされるなど過激な陰謀論を生み出す事件が連続して起きた。それで、2022年の秋に、陰謀論を作り出し信じるメンタリティについて論じる米国の政治史家リチャード・ホフスタッターの“The Paranoid Style in American Politics”(1964年)を訳出し、「ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル」のタイトルで本ブログで紹介した。ホフスタッターが論じている内容はほぼ米国に限定されているが、「パラノイド・スタイル」は米国ユニークなものではなく、インターナショナルな現象だ。ただし、米国の精神的(宗教的)、政治的(建国以来の2つの党による対立構造)な事情ゆえに特に顕著な事例が多く、特に世界に与える影響力が大きいとしている。ほぼすべての陰謀論は仔細に検討するほどの内容を持たない荒唐無稽な「物語」なのだが、物語を作り語るのは人間の能力でもある。能力は善用しなければならない。
1.トランプ政権に“内閣”があった―形だけは
▶大統領令の異常性?
2025年になって過去の存在でなく現職大統領としてトランプに言及するとは思わなかったが、これが現実だ。就任来、トランプは次から次へと大統領令を発布し、不法移民の排除や関税の引き上げ、連邦政府改革など署名した大統領令は就任から2月半ばまでで100本を超えた。まるでアメリカの大統領の力がどこまであるのか確認しているかのようである。大統領令とは、アメリカ合衆国議会の承認を得ずにアメリカ合衆国大統領がアメリカ合衆国連邦政府やアメリカ軍に対して発するアメリカ合衆国の行政命令で、行政委任立法として有効性を持つ。これはアメリカ合衆国憲法で明確に規定されておらず、アメリカ合衆国が正式に発足した1789年以降、大統領による任務遂行の命令に資するために発せられてきた。有名なものにはリンカーンの奴隷解放令があり、日本人に関係するものでは、太平洋戦争時にフランクリン・ローズヴェルト大統領が発した『大統領令9066号』が大規模な日系アメリカ人強制収用の根拠となった。(ローズヴェルト大統領の大統領令は歴代最多で、3721本にも上る)
だが、議会が命令発効を禁じる法律を制定する、あるいは、連邦最高裁が違憲判断を下せば効力を失うのであり(repeal)、実際に、1月20日の就任初日に署名した、米国に不法または一時的に滞在する母親と、米国籍や永住権を持たない父親の間に生まれた子どもは「出生地主義」の対象外で米国籍取得を認めないとの大統領令はすでにいくつかの州の裁判所があからさまな違憲(憲法修正14条「アメリカで生まれあるいは帰化し、その司法権に属する者はアメリカの市民である」)として差し止め判断をしている。その気になれば三権分立は機能するのである。
しかし、トランプの暴れぶりを見ると、アメリカの大統領にはそんなに力があるのかと思う一方で、「大統領、それはダメですよ」とアドバイスする者がいないのかと疑問を持つ。日本やイギリスだとそれは閣僚になるだろう。だが、トランプが閣議を開いたのは2月26日で、実に就任以来二ヵ月近く閣議を行わずに大統領令だけで政治を動かしていたわけである。その最初の閣議の場に閣僚でもないイーロン・マスクを出席させただけでなく、長々と持論を喋らせ、挙句の果てに、居並ぶ閣僚に対し「イーロンに反対の者はここからつまみ出す」と暴言を吐いたトランプに追従の笑いを浮かべながら拍手までする者たちを見て、アメリカ政治も終わっているなと思ったのは私だけではないだろう。これを見る限り、トランプ政権の閣僚たちには何も期待できない。2020年のトランプ大統領の一般教書演説で、恒例の握手をトランプに拒否され、渡された原稿を演説終了後即座に破り捨てた当時の下院議長ナンシー・ペロシの気概が懐かしい。

Democracy in America
フランスの政治思想家アレクシ・ド・トクヴィル曰く、「アメリカでは、優れた人物は個人的な野心とキャリアを追い求め、公職に就くことを望まない。公職を求める者は無教養で堕落しやすい場合が多いのだ。」優秀な人間は実業の世界に行ってしまい、政治家になるのはろくでもない奴ばかりだと言っているのだが、200年前より政治家の質はさらに低下しているように思える。
▶アメリカ合衆国の内閣の本質
アメリカ合衆国は、明治以来イギリスなどヨーロッパの制度を導入した我々日本人から見れば政府の機構も制度も違う。世界史上初めて国王や貴族がいない共和制の連邦国家として成立したので、先例がないのだ。例えば、内閣である。トランプが閣僚会議を開いたのだから、内閣というものは一応存在する。その名称はCabinet of the United Statesだが、United States Presidential Advisorsとも称される。つまり、「アメリカ合衆国大統領顧問団」で、この名称がアメリカの内閣の性格を的確に表している。イギリスや日本における議院内閣制の首相を中心とした合議体の内閣と異なり、アメリカ合衆国内閣は、大統領が任免する各省長官により構成され、大統領が主宰する会議体を意味する。この会議体は憲法上の規定がない慣例上の制度で、各省長官は会議体の閣員としては何ら法的地位も権限も持たず、その権限は各省長官としての法的地位に留まる。また各閣僚は大統領に対しては責任を負うが、合議体として連帯責任を負うことはない。内閣はいわば大統領の諮問機関であり、アメリカにおいて議院内閣制の内閣に相当するのは大統領で、いわば、ワンマン内閣なのである。