2024年の読書(2)

イーヴリン・ウォー Officers and Gentlemen

 Officers and Gentlemen(イーヴリン・ウォー)は『誉の剣』(Sword of Honour)三部作の第二巻で、第一巻はMen at Armsだ。第二次大戦初期に英国が枢軸、特にドイツに押されている時期の出来事が小説の背景になっている。Men at Armsを手に入れたのは20年以上前だ。これもイエナ書店だった。イーヴリン・ウォーのものはそれまで読んだことがなかったので、いわゆる戦記物だと思い購入したが、当てが外れた。戦争という特殊な状況下で繰り広げられる人間模様がテーマなのだ。小説ですからね。それで、第二巻にあたる本書まで読み続けなかった。本屋でこの本を棚で目にするたびにいつかは読まなくてはと思っていたので、ある日棚から手に取って(他にめぼしいものがなかったというのも理由だが)レジに向かった。

                                       

 この三部作の主人公、ローマンカトリックの没落貴族(つまりスコットランド人)の跡取り息子は、最初の戦いの場アフリカから命からがら英国に戻った後、どさくさ紛れにコマンド部隊に配属されるが、彼が属する部隊は地中海クレタ島の戦いに増援として派遣されて、散々な目に合う。この間右往左往するのは主人公だけでなく、コマンド部隊、英国の方面軍も同様で、訓練や準備段階においても間抜けな失敗ばかりだし、作戦も思い付きで決まってしまう。こんなことで戦争ができるのかと思わせるが、ウォーはそれを容赦なく、しかし淡々と描く。これはもちろんカリカチュアだが、人間がすることなので、実際の戦争もこんなものだろう。クレタ島に派遣されたコマンド隊員およそ800名のうちおよそ600名が戦死ないし行方不明あるいは重傷者だったという。惨憺たるものだ。

 この小説で描かれるのは主人公の周辺、つまり士官クラスに限定されて、兵隊は士官付きの従兵(バットマン)以外出てこない。陸軍海上挺進戦隊、特攻艇“マルレ”(ベニヤ板製のモーターボートの舳先に爆雷を積んで敵艦に体当たり)部隊の一員として運よく出撃の機会なく香港で捕虜になった私の父親によれば、英国軍の士官と兵卒の差は驚くほどで、兵卒の多くは字も書けず、指を使わないと計算もできない(手の指を使い切ったら、足の指も動員する)、その上に士官クラスとは身長も違っていた(もちろん、士官は背が高い)。父親は片言ながら英語が話せたので、英国軍の兵隊に重宝がられたそうだ。階級社会英国では、この本のタイトルの「士官と紳士」が示すように、貴族は当然のこと、平時にそれなりの職についていた者(教師など)の多くはそのまま将校として任官された。同じく負け戦(こっちは絶望的だが)を描いた大岡昇平が東京帝國大学卒でありながら一兵卒として最前線に送られた日本とはだいぶ違う。しかし、当時の日本の方が英国より民主的だったとはとても言えないだろう。

 

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