2022年 私の10冊 その3

Henry Adams The Education of Henry Adams

Henry Adams The Education of Henry Adams

 この本を読み始めたのは、翻訳家柴田元幸氏が「訳したいけれど訳せない本」の一冊として取り上げていたからで、なるほど奇書であります。この本の特徴は三人称で書かれていることで、自分のことを「ヘンリー・アダムズ」あるいは「彼」と称する時もあります。この本は『ヘンリー・アダムズの教育』との日本語タイトルですが、educationには、能力などの育成、養成、さらには教養の意味があり、本の内容を考えると、「ヘンリー・アダムズの学び」あるいは「修養」とした方が良いかもしれません。政治史家ホフスタッターが『アメリカの反知性主義』の中で、この本を「自己憐憫アートのあの傑作」と述べ、『アメリカの反知性主義』をペラペラとめくっていたときにヘンリー・アダムズが登場しており、今読み返してみると、ヘンリー・アダムズは反知性の波に抗う知性を代表する米国人の一人として取り上げられています。さて、ヘンリー・アダムズが何者かと言えば、曽祖父はジョージ・ワシントンに次ぐ第2代米国大統領、ジョン・アダムズ、祖父は第6代米国大統領、ジョン・クィンシー・アダムズ、米国南北戦争当時に駐英公使を務め、歴史家でもあるチャールズ・フランシス・アダムズが父親、そして弟は歴史家・批評家のブルックス・アダムズ、母親の家系はボストンでトップクラスの金持ちブルックス家、米国に名門というものがあるならば、まさに名門中の名門に生まれた「坊ちゃん」で、いわゆるブラーミン(ニュー・イングランド地方の旧家出のインテリ)の典型と言えます。この本は幾通りもの読み方ができますが、曾祖父ジョン、祖父ジョン・クィンシー両大統領が知性派でありながら場合によっては軍隊の指揮もできる剛毅な存在であったのに対し、その子孫ヘンリーはインテリですが行動力にかけ、理想と現実のはざまで悩む典型的三代目のような存在になってしまい、米国政治の世界でも理想論が徐々に現実論に浸食されていく、その有様を一個人の生活史の中に見ることもできます。とにかく興味深い本で、ヘンリー・アダムズの伝記まで買ってしまいましたが、その本の中で、短期間滞在した日本に対してかなりの偏見で接し(「変な臭いがする国だ」とか)、わが日本女性に対して「猿のようだ」と手紙の中で述べている箇所があり、アングロアメリカンの自国文化優越主義の典型を見る思いがしました。

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