ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル(3)

 米国外交・国際政治専門の隔月発行政治雑誌『フォーリン・アフェアーズ』の100周年記念号で、過去、現在の世界の100年を考える時に読むべき本がリストされ、分断の米国について読むべき本として、ホフスタッターのAnti-intellectualism in American LifeThe Paranoid Style in American Politics and Other Essaysの2冊が挙げられていた。トランプ現象について書かれた本を10冊読むより得るものが大きいと評価されている。

米国の陰謀論史 ①反イルミナティ

 さて、パラノイド・スタイルに戻ろう。米国における陰謀論としてホフスタッターが最初に挙げる例は秘密結社「イルミナティ」を巡るものだ。イルミナティ(Illuminati)とは、「1776年にイエズス会の修道士だった大学教授が創設した秘密結社で、ドイツ南部とオーストリアにおいて一世を風靡し、特にバイエルンで急激に発展。その無政府主義的な傾向からバイエルン政府によって1785年に禁圧された」(ホフスタッター)もので、秘密結社と聞いて想像するようなものではなく、ゲーテ、ペスタロッチなどの支持を得た「人類を究極的に理性の法に従わせること」を目指した。この運動は基本的にヨーロッパで展開されたもので、米国での実態はほぼ皆無なのだが、想像力に火がついて大騒ぎになった。実態がないのに妄想が独り歩きする陰謀論の典型的な例だ。

出発点としてふさわしい事例として、18世紀末に米国のいくつかの地域で、ババリアのイルミナティ(Bavarian Illuminati)のいわゆる破壊活動を巡って発生したパニックを取り上げよう。このパニックはフランス革命に対する西欧国家全体の反動と軌を一にするものだが、米国の場合、ジェファーソン大統領の民主主義政治の台頭に対してニュー・イングランドの地位ある聖職者中の保守反動主義者が反応することで事がさらに大きくなった。」

「米国が最初にイルミニズムを知ったのは1797年のことで、最初にエジンバラで、後にニューヨークでも出版されたその本のタイトルは、『フリーメーソン、イルミナティ、リーディングソサエティの秘密会合によって企図されたすべての宗教、すべてのヨーロッパの政府に対する陰謀の証拠について』であった。その著者は名の知れたスコットランド人の科学者、ジョン・ロビンソンで、英国においてさほど熱心ではないフリーメーソンの支持者であった。」

「ロビンソンの考えでは、イルミナティは「すべての宗教的体制を根絶やしにし、ヨーロッパのすべての既存政府を転覆させようとする明白な目的のために設立されたもの」であり、フランス革命の積極的指導者たちのほとんどがそのメンバーであると主張し、「ヨーロッパ全体を巻き込む大いなるそして邪悪な企て」で、フランス革命をもたらした中心的役割を担うものと見做したのだ。ロビンソンはイルミナティを、女性を堕落させ、肉体的快楽を追い求め、私有財産権を侵害する自由思考の反キリスト運動であるとし、そのメンバーは、中絶を誘発する茶葉、顔にかかると失明か死に至る秘密の物質、さらには悪臭爆弾のようなもの、すなわち「病を引き起こす蒸気で寝室を満たす方法」の仕掛けを作る計画を持っていた。ロビンソンは、こういったことばかりでなく、イルミナティは断固として反キリストであるにもかかわらず、イエズス会が内部に深く入り込んでいるとも妄信していたのである。」

 今の米国は分断国家と言われているが、ホフスタッターが次に述べている通り、建国当時から分断されており、2つ、それ以上の勢力が鋭く対立していた。19世紀半ばの合衆国と言えば、独立から半世紀以上経過しながら、独立当時から初代大統領、ジョージ・ワシントンが国の崩壊に繋がると恐れていた党派の対立がさらに激化していた。この対立は南部と北部の黒人奴隷解放をめぐる争いと捉えられがちだが、実際はもっと複雑だった。このいわゆるジェファーソン主義と連邦主義の対立に加え、宗教的対立も激しく、過激な陰謀論を生み出す土壌が十分以上にあったのが18世紀後半の米国なのである。

「当時イルミナティのメンバーが実際に米国に来ていたのかは定かではないが、米国においてこの考えが浸透するのは早かった。1798年の5月にボストンでマサチューセッツ会衆派教会の著名な牧師であるジェディディア・モールスが、ジェファーソン主義と連邦主義、親仏と親英にはっきりと分断されていた若い国家にとってタイムリーな趣旨の説教を行った。モールスはロビンソンの著作を読んだ後、米国合衆国もイルミニズムが口火となるジャコバン党(フランス革命期の政治結社)の策略の餌食となり、国を挙げてこの国際的陰謀の企みに立ち向かわねばならないと確信したのである。彼の警告は、連邦主義者たちが、ジェファーソン流民主主義(「自作農」(ヨーマン)と「一般大衆」(プレーンフォーク)を優先し、民主主義と政治機会の平等を提唱した)や不信心の高まりについてあれこれと思いを巡らしていたニュー・イングランド全域において関心を惹き、イエール大学の総長であったティモシー・ドゥワイトはモールスに続き、独立記念日の講演「現在の危機において米国人が果たすべき義」で熱弁をふるって反キリストを糾弾する論を披露した。」

「この講演の原稿は第三者に流布し、じきにニュー・イングランドの演壇では、国中にイルミナティが群れを成しているがごとくイルミナティへの非難が渦巻いたのである。このことは、イルミナティが存在しなくても、当時の合衆国にはジャコバンの思想に冒されており、ウィスキー税反乱(1791年にジョージ・ワシントン政権が国の負債を低減するために導入したウィスキー税に対する農民の反対運動)を扇動したと広く信じられた民主共和党(Democratic-Republican)の団体がいくつか存在していたことを考えれば多少わかりやすくなる。ある説教師の言では、

今日、人間の技と悪意が生み出した最も広範囲で破廉恥かつ極悪非道な企みが繰り広げられつつあると信じられている。その目的はすべての宗教と社会組織の完膚なきまでの破壊である。
それが成し遂げられたときは、地球は不潔な下水、暴力と殺人の舞台、そして苦痛に満ちた地獄以外の何物でもなくなるだろう。

これらの書き手たちはパラノイド・スタイルの先入観の中心を占めるものを明らかにしてくれる。すなわち、きわめて極悪非道な行為を為すための巨大で狡猾、超自然的に実効性を持つ国際的陰謀のネットワークが存在するということである。もちろん、これほど頻繁には出てこない、補助的テーマもいくつか存在する。しかし、パラノイド・スタイルの別なモチーフを明らかにする前に、もう少し歴史的な出現事例を見てみよう。」

ホフスタッターの陰謀論とパラノイド・スタイル(4)に続く