レスター・ヤング

 コールマン・ホーキンスについて書いたのなら、レスター・ヤングについて書かないといけない。レスター・ヤングは、テナーサックス吹きの中で私が最も好きなプレイヤーだ。前にも書いたが、初めて聴いたのはハモンドオルガン奏者がリーダーのGlenn Hardman And His Hammond Fiveの一員としてのプレイで、リーダーとトランペット以外はレスターも含めてすべてカウント・ベイシーの楽団のメンバーだった。トランペット奏者のリー・カスタルドはトミー・ドーシー楽団にも在籍し、同じ楽団にいたバニー・ベリガンさながらのメリハリの利いたいい演奏を聴かせる。

Glenn Hardman And His Hammond Fiveでの演奏が
収録されている大和明氏編集Lester Young Memorial Album
本稿最後のOh, Lady Be Goodも収録されている

 最初に耳にした時は、最初に出てくるハモンドオルガンの音色がサーカスのメリーゴーランドを連想させるが、レスターがすばらしく、China BoyExactly Like Youでは、トランペットに絡むオブリガートというよりはコレクティブインプロビゼ―ションと言うべきプレイを行い、China Boyのソロになるとこれまでのテナーではありえないスピードでスイングし、Exactly Like Youでは実にのびのびとリラックスしたソロを繰り広げる。On the Sunny Side of the Streetでは、最初にクラリネット、その後にテナーと2つの楽器でソロを取り、クラではほぼストレートメロディながら繊細なトーンを響かせ(もう少し長くてもと思わせる)、テナーでは少ない音符を大胆なフレージングで展開する演奏を聴かせる。ちょっとレスターから離れるが、On the Sunny Side of the Streetは先日終了したNHKの朝ドラで第二のテーマ曲ともいうべき扱いを受けていたが、このレスターのものに加えて私の好きな演奏は、ライオネル・ハンプトンのコンボでジョニー・ホッジスのソロが聴けるものだ。ジョニー・ホッジスはメロディーをほぼストレートに、彼ならではの音色で吹き、文字通りの明るい表通りを連想させる。

China Boy

Exactly Like You

On the Sunny Side of the Street

Count Basie The Complete DECCA Recordings
Blue and Sentimentalが収録されている

 レスター・ヤングのクラリネット演奏は耳にしたらすぐ分かるほどユニークなもので、クールな音色が独特なのだ。後年のレスター派のミュージシャンに最も影響を与えたのはこのクラの音じゃないかとも思える。残念なことに、彼はクラリネットを単なる持ち替え楽器としか見ていなかったようで、クラリネットが聴ける演奏は少ない。このハモンドオルガンとのセッション、カンザス・シティ・シックス、カウント・ベイシー楽団の演奏のごく一部でしか聴くことが出来ず、しかも短いのだが、そのすべてがいい。カウント・ベイシー楽団のものであれば、Blue and Sentimentalをぜひ聴いてもらいたい。夭折したテナーサックスプレイヤー、ハーシェル・エヴァンスのソロをフィーチャーしたものだが、後半に出てくるレスターのクラがまたいい。ガードルストーンならephemeralと形容したかもしれない澄んだ鋭いトーンでオーケストラの間を自由に飛びまわる。

Blue and Sentimental

大和明氏監修・編集Billie Holiday Complete Collection
Me,Myself and Iが収録されている

 テディ・ウィルソンのコンボでのレスターとビリー・ホリディの共演は有名だが、この一連のセッションではビリー・ホリディを一つの楽器のように扱っているのが面白い。Me, Myself and Iの後半でビリー・ホリディに絡むレスターの演奏はハモンドファイブの演奏同様にまさにコレクティブ・インプロビゼーションである。

Me, Myself and I

Charlie Christian Lester Young Together 1940

 しかし、レスターと偉大なジャズマンとの共演となると、チャーリー・クリスチャンとのセッションは外せない。昔、レスターとチャーリー・クリスチャンが共演したセッションのレコードがあると聞いて、何軒かレコード屋を回り、やっと手に入れたのがJazz Archivesのレコードで、Charlie Christian Lester Young Together 1940というタイトルだった。それまでのものと違い、音質が比較的良く、絶頂期のレスターと新鋭ギタリスト、チャーリー・クリスチャンのみでなく、バック・クレイトン(TP)、ベニー・グッドマン(CL)、リズム陣はジョー・ジョーンズ(DS)、フレディー・グリーン(G)、ウォルター・ペイジ(B)、カウント・ベイシー(P)が含まれており、言わば、ベイシー楽団メンバーにグッドマンとクリスチャンが加わった演奏が聴けるわけだ。好きなのはI Never Knewで、ジョー・ジョーンズ、フレディー・グリーン、ウォルター・ペイジにカウント・ベイシーを加えたオール・アメリカン・リズムセクションをバックに繰り広げるレスターのソロは意表を突くフレーズの連続で、何度聴いても飽きない。

I Never Knew

 しかし、デッカとの契約の関係でドラマーのジョー・ジョーンズとトランぺッターのカール・スミスの名前を借りたジョーンズ・スミス・インコーポレイテッドなるバンドで1936年11月に行ったレスター最初のレコーディングの一曲、Oh, Lady Be Goodに勝るソロはなかなかないだろう。ここにはレスターのすべてがあると言ってよい。曲はベイシーの訥々としたピアノから始まり、40秒後にレスターがソロを開始する。トーンは軽やかだがふわふわした感じはない。しなやかだが勢いがある。ノン・ビブラートでメロディーライン、トーン、リズムを微妙に変化させていくのだが、1オクターブという狭いレンジを超えることがなく、この点、激しく上下するコールマン・ホーキンスのソロとは対照的である。約80秒間のソロ全体に暖かみと寛ぎ感がみなぎっているが、これがレスターの大いなる特徴だと言える。レスターには歌詞を忘れたので、演奏はしないと言ったエピソードがあるが、確かに彼は歌っている。

Oh, Lady Be Good

 同じくベイシー楽団のテナー、ハーシェル・エヴァンスとの以下のような会話も伝わっている。

Herschel: ‘Why don’t you buy an alto, man? You only got an alto tone! ‘
Lester(tapping his forehead):’There’s goin’ on up there, man. Some of your guys are all belly.’

 俺は繊細なんだよ、と言っているのだ。確かにそうだ。軽くしなやかで自由自在だが、きわめて繊細に組み立てられた演奏はもろいのだ。軍隊生活を経て、精神のバランスを崩したレスターの演奏が昔の輝きを失ったのも無理はない。