朱牟田夏雄『英文をいかに読むか』 その2

 さて、『英文をいかに読むか』で肝心なのは「第二編 演習」の部分で、朱牟田さんが選んだ書き手の文章を読む部分だ。この中で例文として紹介されている文章の書き手には馴染みのある人物もいるが(トインビー、モーム、オーウェル、ハクスレー、ラッセルなど)、近年ではあまり聞かない人々も混ざっている。いずれにせよ、それぞれが選ばれた熟練の英文の書き手と思っていいだろう。本の性質上、引用されている文章はそれぞれ短いが、なかなか含蓄があるが、上で引用したジョージ・オーウェルの随筆からの引用文が4つある。オーウェルの随筆は、ペンギンブックで主だったものを40篇ほどまとめた手軽な価格のものも出ているが、詰め込み過ぎた結果、文字が非常に小さくなり、ある年齢以上の方々にはおススメ出来ない。この中に、『マラケシュ』(モロッコ中央部の都市)という一篇があり、白人に虐げられる有色人種の姿を描いた少々気が滅入る内容だが、朱牟田さんは以下の文を引用している。

 “I was feeding one of the gazelles in the public gardens. Gazelles are almost the only animals that look good to eat when they are still alive, in fact, one can hardly look at their hindquarters without thinking of mint sauce. The gazelle I was feeding seemed to know that the thought was in my mind, for though it took the piece of bread I was holding out it obviously did not like me. It nibbled rapidly at the bread, then lowered its head and tried to butt me, then look another nibble and then butted again. Probably its idea was that if it could drive me away the bread would somehow remain hanging in mid-air.
 An Arab navvy working on the path nearby lowered heavy hoe and sidled slowly towards us. He looked from the gazelle to the bread and from the bread to the gazelle, with a sort of quiet amazement, as though he had never seen anything quite like this before. Finally he said shyly in French:
 “I could eat some of that bread.”
I tore off a piece of the bread and he stowed gratefully in some secret place under his rags. This man is an employee of the Municipality.”

 『マラケシュ』の中でこの文はいわばサビとなる部分で、虐げられた人々をひたすら描写した前後の文とは趣がやや異なる。筆者がシマウマにパンを食わせているのを見たアラブの労働者がそのパンをせびりに来たので、パンをちぎって渡した、との内容だ。単純に読めば、動物の餌となっているパンをねだるアラブ人の貧しさを描いているのだが、動物の餌を人間に与える西洋人の傲慢さを描いているとも読める。しかし、それだけではないだろう。オーウェルは、『象を撃つ』、『ヒキガエルについての考察』のような動物を題材にした随筆を書いており、何といっても、代表作の一つに『動物農場』がある。オーウェルにとって動物はあるイメージを伝えるための表象的な存在だという意見もある。
 この文に登場するシマウマは、気性が荒く、人間になつくことがほとんど無く、騎乗や運搬用にはとても向かない動物だそうである。確かに、差し出されるパンには食いつくが、一方でパンの提供者に対しては敵意を示し、隙さえあれば頭突きをお見舞いしようとする、おずおずとパンをくれと近寄ってくるアラブ人の人夫とは大違いである。白人を「マスター」として仰ぐアラブ人と、自然の中で生き、あくまで独立した存在であるシマウマの対比はこれ以上なく鮮やかである。オーウェルは「白人はなんと傲慢であるか」とか「パンをねだるアラブ人のみじめさ」などのあからさまな言葉は口にしない。動物と人間のある姿を描くことで、読者にそれを感じさせるのである。『マラケシュ』の中で、この文章が特に印象に残るのはそのせいだろう。朱牟田さんがこの文章を取り出して読ませた意図は十分に了解できるのである。

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